中古マンション価格、なぜ下がりにくいと言われているの?東京大学空間情報科学研究センター特任教授 清水千弘さんに聞いてみた_リノベを科学する
連載企画「リノベを科学する」。第9回のゲストは、東京大学空間情報科学研究センター特任教授であり、麗澤大学特任教授と日本大学教授を兼任されている清水千弘さんです。ビッグデータ解析を軸に、不動産経済学の分野を専門としており、世の中に多数ある商品や不動産といったモノたちが「どうやって価格は決まるの?」「その価格は今後どのように変化していくの?」といった部分を研究されています。今回は不動産の価格、特に中古マンションの価格とその変化について、ビギナー研究員・田形と、中堅研究員・千葉がお話をうかがいました!
(取材:リノベる。スタッフ/田形研究員、千葉研究員、文:中野広夢)
千葉:リノベーションにおける不安や疑問点をエビデンスをもって読み解く連載「リノベを科学する」。第9回は「中古マンションの価格はなぜ下がりにくいのか」について、不動産経済の専門家である清水千弘先生に「不動産価格」にフォーカスしてお話をうかがいます!
田形:テーマの「中古マンションの価格」についてはもちろん、そもそも不動産の価格がどうやって決まるのか、価値の測り方にはどのようなものがあるのか、といった部分についても知りたいですね!
写真左:田形研究員、中央:清水千弘さん、右:千葉研究員
千葉:私たちも気になるところですね!清水先生、今日はよろしくお願いいたします!
清水:こちらこそ、本日はどうぞよろしくお願いします!
1)そもそも“価値”ってどうやって測るの?
田形:まず、清水先生のご専門について教えてください。
清水:私の専門は「経済測定」という分野で、世の中に数百千万ほどある商品の価値や価格がどのように決まり、推移するかについて研究しています。たとえば家電のデジタルカメラでは、量販店のPOSデータ(販売時点でのデータ記録)を参考にしたり、ネットショップでの価格を参考にしたりして物価指数を測っています。なかでも不動産の価値を測るのはとても難しいと言われているのですが、私は主にそれをテーマに論文を書いていますね。
田形:不動産の価値って難しいんですね。価値を測るのが難しいものって他にはどんなものがあるのですか?
清水:環境の価値の測定もそうですね。これから環境性能の高い不動産がより注目を浴びるようになると言われていますが、不動産も環境も価値を測るのがとても難しいので、それらが合わさるともっと難しくなるという(笑)。研究者として、そういった価値を測るのが難しいものをどうやって測っていくのかという「手法」を開発するために研究しています。また、現時点の価値だけでなく「これからどのように価値が変化していくか」についても同様に研究しています。
田形:先生が研究されている手法や数値が、今後私たちが不動産を購入する際の参考になっていくということですね。
清水:はい。ただ、ここですごく重要なのが「この価値って何の価値のことを言っているんだっけ?」の部分を真面目に考える必要があるということ。
たとえば消費者物価指数というのは,モノの価格を測定しているわけではありません。「ユーティリティ・コンスタント・インデックス(Utility Coonstant Index)」といって,金銭で測定可能な「幸せ(utility)」の測定しているのです。これは「幸せを得るためにどれくらいのお金を支払わなければならないのか」についての指標です。ご飯を食べたり、欲しいものを買ったりする際に支払われたお金と、得られた幸福との関係を表したものです。
これと異なり、投資目的で不動産を購入する際はまた別の考え方で価値を測ります。たとえば1000万円で購入した不動産が1200万円になった。これは投資の観点からすると価値が上がったことになりますが、得られる幸福が増えたかというとそうじゃないですよね。投資と消費では価値の測り方が違うんです。
千葉:言われてみれば、たしかに……!一言に価値といっても、様々な観点や考え方があるんですね!
清水:そうなんです。先ほどの話とは逆に、不動産の購入から20年経って投資価値が下がったといっても、満足して住んでいる人からしたら大きなお世話であって(笑)。幸せのレベルは下がっていないから価値が下がったとは思っていないんです。ただ、売りに出すときは20年も経っているので投資価値は下がっていますよね。
田形:”何を軸に価値を測るのか”で全然変わるんですね!
清水:その通りです。だからこそ、「価値って何の価値のこと言っているんだっけ? 何の価値を測っているんだっけ?」の部分が重要なんです。それを研究するのが僕の仕事ですね。
2)中古マンションの価値が目減りしないのはなぜ?
田形:不動産の中でも、マンションの価値はどのように考えればいいんでしょうか?
清水:前提として、不動産は“土地”と“建物”の合計で価値が決まります。
マンションは一般的な戸建て住宅とは土地の比率が違い、持ち分の土地は少なく、絶対的に建物の比率の方が大きくなりますよね。経年減価で言うと、土地って値下がりしないんです。建物の部分は10年20年経つと、どんどん価値が償却されていくんですけど。
田形:ふむふむ。そうしたらマンションは価値が下がりやすいってことですか?「マンションの価値はなかなか目減りしない」と聞いたことがあるのですが……。
清水:それは“何と比べて”目減りしないのか、をまず明らかにする必要がありますね。最近「マンションの価値は下がりづらい」って言われている理由の一つのは、土地の価格が上がっているからです。じゃあなぜ戸建ては上がらないのかって話になりますよね?先ほど言ったように、土地の比率で言えば戸建ての方が高いのに。
田形:はい、違和感がありますね。
清水:本来なら土地の占めるウェイトがほとんどないマンションの方が価値は下がりやすいはずなんです。じゃあなぜそうならないのか。これは、建物価格が世界的に高騰しているからなんですよね。コンクリートなどの建築資材の価格は大きく変わっていないのですが、作り手の高齢化が進み労働人口が減り、建築現場の人件費も高くなってきている。
マンションは建物の比率が高い分、建設コストが大きくかかるので、これが価値を押し上げているんです。さらに,マンションは都市の中心にある。都市の中心の土地価格は高騰していて,そこに建築のコストも上がっていて、それらが経年減価分を吸収し、中古マンションの価格が目減りがしにくくなっているんですね。
千葉:なるほど。それで中古マンションの価値が下がりにくくなっていると。
清水:さらに経年減価について言うと三つの側面があって、一つ目が 物理的な経年減価。時間が経てば壁は汚くなるし、コンクリートや鉄の強度も下がって来ると一般的に理解されている。そして二つ目が経済的陳腐化。新しい性能のものがどんどん生まれてくると、旧来の性能のものは価値が相対的に下がっていきますよね。最後に三つ目は寿命。30年経って「取り壊します」となったら、価値はそこでゼロになってしまいます。
千葉:なるほど、、そうですよね。
清水:これをマンションに当てはめて考えてみると、取り壊して建て替えをしていくことの多い戸建てに比べてマンションは取り壊されることがほとんどなく寿命が長いため、取り壊しによる価値の減価はマンションの方が少なくなる。また、マンションの技術進歩はとても早い。それに伴ってマンションのリノベーションの技術も上がってきているんですよね。対して戸建てはそこまで技術の進歩が早くなくて、リノベーションの技術もマンションほどは進んでいない。
つまり中古マンションは、新しい技術を導入するリノベーションによって、経済的陳腐化を抑えることができているのに加え、管理技術の向上によって寿命をさらに伸ばすこともできるようになっているんです。
千葉:「マンションを買われる時に自分のおうち部分だけじゃなくて、マンション全体の共用部分、そしてそれがどう維持管理してきたのかっていうことをしっかり見ていただきたい」ということを、以前の齊藤先生のインタビューでもおっしゃっていました。清水先生のお話 に当てはめると、さらに納得できますね。
田形:リノベーションを推進していくことは、「経済陳腐化」の面でマンションの価値を下げないことにもつながる、と。中古マンションの価値が下がりにくい と言われている理由がすごくよくわかりました!
3)不動産の価格の妥当性って?
田形:不動産を購入する際に、価格の妥当性について気になる人も多いと思うのですが、そもそも価格ってどうやって決まるんですか?
清水:不動産鑑定士がどのように価格を決めているのか、という観点で考えてみましょう。
鑑定士は3つの手法で価格を決めていて、一つ目が「取引事例比較法」と呼ばれるもの。周辺で不動産がいくらで売れているの?という相場を見て比較しながら決める方法ですね。
そしてもう一つが、土地を買って建物を建てるのにいくらかかっているの?という土地と建設コストから算出するもの。土地の価格がいくら、コンクリートの価格がいくら、鉄の価格がいくら……。こうして積み上げて価格を決めるのが「コスト(原価)法」と呼ばれる手法です。
田形:コスト法は新築の場合に使われる手法だと思うのですが、中古の場合はどのように算出しているのでしょう?
清水:中古の場合は、再調達原価というのを考えます。これを新築で建てたらいくらになるんだろう?を考えて、そこから経過年数を減価させる方法ですね。
千葉:新築から逆算して考えると。
清水:そうです。そしてもう一つは「収益還元法」という考え方。投資価値から考える手法です。マンションを購入しても住まない人っていらっしゃるでしょう?その人たちは「貸したときにいくら家賃を取れるんだろう?」と考えるわけです。当然維持するにもお金がかかるわけですが、それを差し引いた純収益を考えて購入する人もいるんですね。
田形:なるほど。「貸しやすい物件は資産価値が安定している」というのを聞いたことがあるのですが、「収益還元法」で価値が下支えされるからなんですね、きっと。 いろんな価値の決め方があるんですね!
千葉: 今回、中古物件価格の査定について、仲介歴30年のリノベる不動産部の部長に聞いて予習してきたのですが、実務の場面では「取引事例比較法」と「収益還元法」を組み合わせて確認することが多いとのことでした。更に最近ではAI査定も組み合わせても行い、妥当性を確認しているようです。いろんな視点で総合的に査定するんだなと思いましたが、その理由が少しわかった気がします。
清水:誰にとってどういった価値があるのか。それは人それぞれで様々な観点から見ることができるんです。家で幸せに過ごしたいという消費価値で測る人もいれば、いくらで売れるかを考え投資価値で測る人もいる。
まだ世の中にはあまりうまく伝わっていなんですけど、僕らがAIや機械学習を用いて研究に取り組んでいるのは、そうしたそれぞれの価値を測れるようにしていきたいからなんですよ。
田形:なるほど。投資価値ももちろん重要ですが、“住む人の幸せ”からどう価値を測るかが見える化することで、多くの方にとって大切な人生を過ごす家が、より尊い場所になっていけばいいですね。
千葉:テーマである中古マンションの価格が下がりにくい理由だけでなく、不動産の価値の多様な測り方まで、盛りだくさんの内容でとても勉強になりました!清水先生、今回はありがとうございました!
清水:こちらこそ、ありがとうございました!
*今回のゲストプロフィール
清水 千弘(しみず・ちひろ)さん
1967年岐阜県生まれ。東京大学空間情報科学研究センター特任教授、麗澤大学特任教授、日本大学教授。財団法人日本不動産研究所、株式会社リクルート住宅総合研究所等を経て現職。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『市場分析のための統計学入門』、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。
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