鉄筋コンクリートは何年もつの?建物の寿命を研究する早稲田大学名誉教授・小松幸夫さんに聞いてみた_リノベを科学する
連載企画「リノベを科学する」第3回のゲストは、早稲田大学名誉教授の小松幸夫さん。今回は「鉄筋コンクリートマンションの寿命」についてお話を伺いました。中古マンションを購入する際に「中古マンションは何となく不安…」と思われている方に安心してもらうべく、「建物の寿命」を研究してきた小松先生の元へ、ビギナー研究員・田形と、中堅研究員・千葉が伺ってきました。
(取材:リノベる。スタッフ/田形研究員、千葉研究員、文:村崎恭子)
田形:「リノベを科学する」第3弾は、オフィスを飛び出し初の対面取材です!
千葉:本日のゲスト、早稲田大学名誉教授の小松先生の研究室へお邪魔しています!
写真左:田形研究員、中央:小松幸夫先生、右:千葉研究員
田形:この企画では、中古住宅やリノベーションに対する不明や不安、素朴な疑問に、専門家の方の解説を元に、わかりやすくお答えしていきます。
千葉:今日のテーマは「鉄筋コンクリートの寿命」について。僕らのお客様にも「中古物件って大丈夫なの?」と漠然とした不安を抱かれる方が多いので、そういった不安を解消できたらいいですね。
田形:そうですね!小松先生は「建物の寿命」について約40年も研究されてきたそうで、勉強になるお話がたくさん聞けそうです。それでは先生、どうぞよろしくお願いします!
小松:ようこそおいでくださいました。よろしくお願いします!
1.そもそも、鉄筋コンクリートってどういう構造?
田形:まず、基本的なことだとは思うのですが、私自身もしっかり理解できていない部分がありまして…そもそも「鉄筋コンクリート」ってどういう構造なのでしょうか?
小松:今の一般的なコンクリートの材料である現代のセメントがイギリスで18世紀頃に発明され、それを使って建物を造ろうとしたのが鉄筋コンクリート建物の始まりですね。
田形:鉄筋とコンクリートを組み合わせたのが、鉄筋コンクリートですよね。鉄筋と組み合わせることにどんな意味があったのでしょう?
小松:コンクリートって、押される力にはすごく強いけど、引っ張られるとすごく弱くて、押す力の10分の1ぐらいの力でも壊れちゃうんです。なので、引っ張る力に対しては鉄筋に頑張ってもらう、という構造原理ですね。
田形:役割分担ですか!そもそも建物に対して引っ張る力ってどれくらいかかるんですか?
小松:建物の柱を見ていると、上から力がかかって押されるだけって思うかもしれないですけど、建物には水平方向の「梁」がありますよね。橋なんかを想像すると分かりやすいのですが、人が歩く上の部分が押されますが、実は下の方は引っ張られるんですよね。板なんかを曲げると外側が引っ張られる感じがするでしょう?鉄筋が入っていないと、そこから割れてきて、壊れちゃうんです。
田形:なるほど!コンクリートと鉄が、押す力と引っ張る力に対してお互いに補い合いながら、構造を保っているんですね。ちなみに、鉄とコンクリートの相性が絶妙な理由が他にもあると聞いたのですが、具体的にはどういうことなのでしょう?
小松:ひとつは、鉄とコンクリートの熱膨張率がほとんど同じだということ。
熱膨張率は、温度の上昇によって物体の体積が変わる割合を言うのですが、鉄とコンクリートの場合は温度の変化に合わせて同じ度合いで伸びたり縮んだりするので、ずっとくっついていられるんです。熱膨張率が違うと伸び方が異なり、鉄とコンクリートが剥がれちゃう。剥がれるとお互いに力が伝わらないので、鉄筋が引っ張られる力に耐えられても、コンクリートが耐えられなくて割れてしまうんです。
千葉:熱膨張率の違う素材同士の場合を図で表すと、こんな感じで割れてしまうんですね。
田形:なるほど、熱膨張率…!
小松:それともうひとつ、鉄にはアルカリ性になると錆びないっていう性質があるんですけど、コンクリートの原料であるセメントってアルカリ性なんですよ。コンクリートの中にちゃんと入っていれば鉄は錆びないというメリットがあるんです。
田形:鉄筋とコンクリートって、まさにシンデレラフィットなんですね!
小松:非常にベストマッチングな材料の組み合わせで使いやすいので、一気に世界中に普及したという背景がありますね。
2.気になるマンションの寿命って?
田形:今のマンションの構造は、ほとんどが鉄筋コンクリートなのでしょうか?
小松:大体がそうですね。
田形:一般的に中古物件を買う時の心配事のひとつとして、「どのくらいもつのか」、つまり耐久性が上位にランクインします。そこについて、先生が40年間研究をされてたどり着いた答えをお聞きしたいです!
千葉:お客様が実際によく言われるのは、築30年のマンションを買って30年住んだとして、「築60年になった時にはどうなってるの?」という不安ですね。明確な答えは出せるのでしょうか?
小松:建物そのもの、つまり骨組みの話で言えば、100年ぐらいは十分活用できると考えています。だけど、設備や外壁などの仕上げというのは当然、どんどん劣化していきますよね。設備は機械ですから、長年使っていけば壊れるのが当たり前。外壁なども、そういう意味では30年くらいで手を入れないといけませんね。
田形:いわゆるメンテナンスということですか?
小松:そうです。大規模な修繕をせずに使っていくのは難しいと思います。
田形:鉄筋コンクリート造の建物では、古くなると「中性化」という現象が起きると聞きました。こちらも解説いただけると!
小松:「中性化」は、コンクリートが二酸化炭素に触れることで、表面からだんだんとアルカリ性が抜けて中性へ変化していく現象です。
実は「中性化」自体は悪いことではなく、コンクリートが中性化することで建物が弱くなるわけではありません。ですが中性化が進んだ状態でひび割れから水や酸素が入ると鉄が酸化、つまり錆びやすくなり、鉄は錆びると膨張するのでコンクリートが割れて、構造として弱くなってしまことが問題で、これを防ぐために、打ち放しコンクリートでは表面に気密性の高い塗料などを塗って防いだりします。
田形:なるほど。メンテナンスの大切さがよくわかりました。
ではメンテナンスをし続けたとして、どれぐらい活用できるのでしょうか?100年は十分に活用できるということでしたが、例えば500年となると、まだ未知な部分があるのでしょうか?
小松:そうですね。歴史が浅いのでまだわからない部分もあります。
千葉:鉄筋コンクリートって日本国内ではいつ頃から使われているんですか?
小松:1923年の関東大震災の頃にはもう日本に入ってきていて、震災後に一気に建てられたんです。現存する中で一番古いと言われているオフィスビルが、横浜にある三井物産横浜ビル(現在:KN日本大通ビル)。1911年築で明治時代の建築ですが、今はエレベーターまでついて、非常に綺麗な建物ですよ。
三井物産横浜ビル(現在:KN日本大通ビル)
千葉:メンテナンスをちゃんとやってきたんですね。
小松:オフィスビルは、「もっと広くしたい」「もっと大きくしたい」っていう要求が大きいからすぐ建て替えられてしまうので、住宅の方が古いものが多く残っているかもしれませんね。集合住宅だと、軍艦島も明治時代の建築ですね。今は廃墟ですが。
千葉:「求道学舎」も有名ですよね。
求道学舎(写真:堀内広治):大正15年(1926年)築の学生寮 / 2004年に一棟リノベーションされ、区分所有マンションとして再生された
小松:そうですね。「求道学舎」はもともと、コンクリートがだいぶ中性化していたんですよ。それでも改修して残して、今はマンションになっていますね。
田形:中性化しても、建っていられるんですか!?
求道学舎(写真:堀内広治)
小松:大丈夫なんです、壊れません(笑)先ほどお話した通り、中に酸素と水が入らなければ鉄は錆びませんから。僕は、あんまり中性化そのものは恐れる必要はないと思っています。
千葉:コンクリート自体が、アルカリ性という“防御”を失って丸腰になっているけれど、外側にさらに鎧を被せてあげれば問題ないっていうことですね。
3.長持ちの秘訣は、メンテナンスとコミュニティ?
田形:先生のお話を聞く限りは、メンテナンスをしっかりしていれば中古マンションは長持ちするのだと確信しました。それなのにどうして、日本ではこんなに建て替えが多いのでしょうか?
小松:日本では昔から火事や地震が多くて、「立派なものを作っても壊れちゃう」っていう意識が強かったのではないかと思います。また、戦後は「質より量」で大量に住宅が作られたので、今使おうとしたときに物理的な寿命というよりも、狭いとか設備がないとか、設計の面で使えなくなってしまうことが多くて。それで「30年で建て替えるべし」っていう話が定着しちゃったんだと思います。
田形:歴史的背景が強いんですね。
千葉:確かに。根深いですね…。
田形:欧米では「古い建物こそ価値がついて高く売れる」という考え方がありますよね。
小松:イギリスなんて築100年超の建物などもいっぱいありますよね。だけど中はみんなきれいにしていますよ。買ったら内装を全部やり替えるみたいですね。「今度はビクトリア様式にしよう!」って、10年ぐらいで変えちゃう人も結構いるみたいです。
田形:そうやって自分に合った住まいにすることで、建物の寿命をより長くすることができるってことですよね。
小松:日本でも同じようにできるということがあまり知られていないんですよね。最近やっと、リノベとかリフォームとか、御社みたいな会社が色々とやられて、少しは知られるようになってきたところですよね。だけどまだまだ中古住宅に対して不安もあるようですね…。
田形:はい。私たちの情報発信もまだまだなので、頑張りたいところです!!
小松:今日は鉄筋コンクリートに関する説明でしたが、耐震基準という視点もありますからね。古い物件の中には、設計の段階で耐震性が十分にカバーしきれていないというものもあるので。耐震性の不安が拭えれば築年数は心配しなくていいと思います。
千葉:僕らも、お客様と物件探しをするときには、その建物の修繕計画や修繕履歴などをお客様と一緒に確認して、この先そのマンションがどうなっていくのかをしっかり見極めるようにしています。また、耐震補強された建物も増えてきていますね。耐震性についても「リノベを科学する」では、しっかり記事にしていきたいと思っています。
あとは購入後、実際に住人となった方が「自分たちのマンションをしっかりメンテナンスしていこう」「大切に使っていこう」という意識を持っていく必要があると感じていますね。
小松:そこは大事ですね。特にマンションは、住民合意がないと何もできない。合意が取れなければ放っておくしかなくて、すると荒れていく。「この建物をちゃんと使っていこう」っていう気があるかどうかが大事でね。それがない人たちが集まったらやっぱりひどいことになりますよね。
田形:住む方自身が意識を持って動くことで、マンション全体の価値が上がるかもしれないですよね。ひいては自分が売る時に価値が跳ね返ってくることもありそうです。
小松:コミュニティがしっかりしているマンションは、古くても価値が落ちづらいということがありますよね。「古くてもここは雰囲気がいいから」と、行列ができるマンションもあると聞いたことがあります。自分たちできちんとやればやっただけのものが返ってくるのだと思いますね。
田形:すると中古マンションを検討する時にコミュニティもポイントになってきますよね。先生も中古マンションを購入されたご経験があるということですが、先生ご自身はどうやって見極められていましたか?
小松:現地を見て、ゴミがいっぱいで汚いところは、コミュニティがうまく出来ていない可能性が高いので、そういうところは安くても避けるべきかな。購入後、「こんなはずじゃなかった」って自分で理事長を買って出てコミュニティを再生するっていう話もありますけど、それは結構大変なことだと思いますね。
千葉:お客様が購入されたマンションで、一戸がリノベーションしたのをきっかけに「リノベーションOKの物件なんだ」「こんなに素敵になるんだ」と認知され、その後若い世帯が続々とリノベーションをして入居、気付いたらコミュニティが出来上がって共用部もバリューアップされ、すごく居心地のいいマンションになったという事例がありました。リノベーションはコミュニティ作りのきっかけにもなりそうですね。
田形:みんながこれに早く気付いて、中古マンションの価値が新たな軸で評価される世の中になればいいですよね。
小松:そうですね。古くてもいいマンションは値段が下がらなくなり、「築何年」っていう値段の付け方も変わっていくはずです。
田形:これからは「何年もつの?」から「大切にメンテナンスしてもたせていこう」という時代になっていくのでしょうね。
千葉:人を動かして建物を長持ちさせていくのは、僕らの役目でもあると感じました。
田形:先生、今日は大変ためになるお話をありがとうございました!
※今回のゲストプロフィール
小松 幸夫(こまつゆきお)さん
1949年生まれ。東京大学建築学科卒業後、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(建築学専攻)・工学博士。新潟大学、横浜国立大学を経て1998年より早稲田大学理工学部教授に就任。現在早稲田大学名誉教授。約40年にわたり建物の寿命に関する研究を行う。建築を「造る」ものとしてだけではなく「使う」ものとして捉え、どのように利用・運営・管理されることが好ましいかということを提唱。中古マンションをリノベーションして住んだ経験を持つ。
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