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断熱をすれば心も体もお財布も健康になるって本当?エコハウス設計のプロ「エネルギーまちづくり社」代表竹内昌義さんに聞いてみた_リノベを科学する

連載企画「リノベを科学する」第6回のゲストは、「エネルギーまちづくり社」代表であり建築ユニット「みかんぐみ」共同主宰、東北芸術工科大学環境デザイン学科教授の竹内昌義さん。マンションの断熱ってどんなメリットがあるの?具体的には何をすればいいの?「寒い新築よりも暖かい築古が快適」と話す竹内さんに、日本ではまだまだ知られていない「断熱」のあれこれを、ビギナー研究員・田形と、中堅研究員・千葉が伺いました。
(取材:リノベる。スタッフ/田形研究員、千葉研究員、文:村崎恭子)

千葉:今月もやってきました「リノベを科学する」!

田形:緊急事態宣言下なので、またまたリモートでのインタビューですが、今日は私たち、テレビ取材があったので表参道のショールームにおります。

二人_

写真左:田形研究員、右:千葉研究員

千葉:中古マンションやリノベーションにまつわる様々な不安や疑問を専門家の方にインタビューするこの企画、今回のゲストは、「エネルギーまちづくり社」代表の竹内昌義さんです。

田形:今回のテーマは、「断熱」です!私もそうですが、いまいちメリットがわかっていない人が多いのではないでしょうか。

千葉:「中古マンションは性能が低い」と不安を感じるお客様もいらっしゃるので、そこを払拭できるようなお話が伺えたら嬉しいですね。

田形:それでは竹内さん、どうぞよろしくお願いします!

竹内:よろしくお願いします!

1)ヨーロッパで進む「エコハウス」って?

田形:竹内さんは、設計デザイナーでありながら、東北芸術工科大学で教授もされているんですよね。

竹内:以前はデザインを主に活動していたんですが、大学で教えることになり、木造の高断熱高気密住宅のことを勉強し始めたら面白くなってきて。今はそれをデザインにも取り入れて活動しています。

田形:そういったテーマに取り組むきっかけはなんだったのでしょう?

竹内さん1

竹内:きっかけは2008年の洞爺湖サミットですね。あるゼネコンが国賓向けに建てたエコハウスについて、ヨーロッパのエネルギー事情に詳しい同僚と話をしていたら、「世界はこれからエコハウスなんですよ、見にいきましょう!」って半ば強引に、オーストリアまで見学に連れて行かれて(笑)

千葉:オーストリアのエコハウスってどのような感じなんでしょうか?

竹内:意外ととてもかっこよかったんですよ!当時、日本で環境とかエコハウスとか言ってる建物はカッコよくないことが多くて(笑)でも、自身も建築やリノベーションも手掛けながら学校で一緒に教えている「OpenA」の馬場さんが「10年前のリノベと同じ匂いがする」って。もうちょっと深堀りしたら面白そうだなと思ったんです。

田形:先見の明があったんですね!

竹内:「日本にも無暖房に近い住宅がある」と聞いて秋田県の能代というすごく寒い地域に住んでいる方の家へ見学に行ったら、ちっちゃなストーブ1個で結構な面積が暖められていたんですよ。「断熱すればこのぐらいにはなるよ」と言われたのが、断熱との出会いですね。

田形:そんなに効果があるんですね!竹内さんはそれまでずっと設計をされてきた中で、断熱は意識されていたんですか?

竹内:断熱があることは知っていましたが、正直そこまで意識していなかったです。色々と調べて企画書代わりに『未来の住宅〜カーボンニュートラルハウスの教科書〜』(出版社:バジリコ)という本を作り、その道に入っていった感じですね。

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2)世界と日本の断熱基準の違いって?

田形:日本の人の家に対する考えって「冬なんだもん。寒いのも含めて風情だよね」「結露するのが当たり前」っていうところがあると思うんですよ。何を隠そう、私自身もそう思っていました。でも調べてみたら、そんな日本の状況って世界基準で見れば普通じゃないんだと知りまして。日本と世界の断熱の基準について少しご説明いただけますか?

竹内:海外では以前から「二酸化炭素をどう減らすのか」に注力していて、再生可能エネルギーの研究も進んでいます。その一環として建築の断熱をしてみたら、その方がうまくいった、という感じなんです。

田形3

田形:いろいろ試してみたら断熱が二酸化炭素削減に効果的だった、と。

竹内:そうですね。あと、実は一番大きな違いって、ヨーロッパは大家さんが光熱費を払うということなんです。断熱することで補助金も出るし出費も減るし、いいことづくめだったから浸透したんでしょうね。

田形:なるほど!対して日本では、2020年に予定されていた住宅に対する次世代省エネ基準の適合義務化が見送られてしまうなど、まだまだという感じがしますね。

竹内:2020年基準も“入り口”レベルで、到達点ではないんです。このグラフの横軸がある地域の寒さの程度を表す「暖房デグリーデー」、つまり緯度みたいなもので、縦軸が熱の失われやすさを表しているので、ラインが下に行けば行くほど性能が高いのですが、日本の基準は海外のものにはまだまだおよびません。

UA値_国際比較

千葉:英国の性能はとても高いんですね!東京は温かいイメージのあるカリフォルニア州の半分の性能ということもわかりますね。しかも、お隣の国韓国と比べても低いレベルの基準すら、日本では義務化が見送られているんですね…。

田形:日本はまだ買う時のコストに注目があつまっていて、長期的なコストを重視する方は多くないのが課題なのかと。

竹内:それはありますね。でも私は、住宅メーカーが「高断熱高気密」って謳っている基準が大したことないっていうのが、一番罪深いと思っていて。「省エネです」って謳っていても全然省エネじゃないというのは、声を大にして言いたいですね(笑)

竹内:例えば車の燃費なら「リッター何キロ」って表示するのに、家の省エネはそうやって数値で比較できないですよね。家の燃費は㎡あたりの冷暖房負荷(kWh/㎡)で表しますが、家の燃費の見える化については、今年あたりそろそろ動きだすと思いますよ。今はそれを受け入れている市場にも問題がありますよね。

3)断熱のメリットってどんなところ?

田形:今、私たちがいるショールームは窓が二重サッシになっていて、音も静かだし、本当に暖かいです。こうやって体感できると”暖かい”というメリットはわかるのですが、竹内さんの考える「断熱をすることのメリット」を3つあげるとしたら何がありますか?

竹内さん3

竹内:まず、家が暖かくなるから風邪をひかなくなりますよね。

田形:そうですよね。子どもがいる家庭だったら、子どもが風邪をひかなくなって仕事が予定通り進みそうですね!ヒートショックの対策や、医療費の削減にもなりますね。

竹内:二つ目は、断熱をすると使える部屋の面積が増えること。よく、「断熱をすると狭くなる」って嫌われるんですけど、むしろ断熱をしない家には、寒くて使っていない部屋って結構あるんですよ。

田形:言われてみれば…!意外なところでした。

竹内:あとは、エネルギーコストを削減できることですね。日本のマンションって南向きに採光が取れているので、戸建て住宅よりはるかに性能がいいんですよ。日中の暖かさをを逃さなければ、朝晩も一定の気温になるわけです。

千葉:確かに、日中は日が差し込めば暖かいですもんね。

竹内:2020年基準からすると、すでに十分なものが南向きのマンションにはあるんですよ。だから窓の性能をあげるとか、少し手を加えれば、すごい快適になるはずなんですよね。

田形:やっぱり設計士も含めて、長期的な目線をみんなが持つべきですね。

竹内:目に見えない断熱材にコストを取られるのは癪に障るっていうのが、デザイナーのベースにある意見かもしれませんね(笑)

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千葉:僕がデザイナーをやっていた頃、過去の事例で室内窓の良さを知っていたのでお客様にもおすすめしていたんですけど、造作の建具とかを優先するあまり、コストの問題で断熱をやめてしまったことがありましたね。

竹内:一般的にはそうなんですよね。でも実は、断熱したらその建具いらないじゃんっていう場合もあるんだけど(笑)かっこいい建具を作って満足するところがあるんですよ。だからある程度乗り越えないといけないものもあるんだけど、そこをやると全然変わりますよね。

4)断熱って実際には何をするの?

田形:断熱って実際にはどんなやり方があるのかを知りたいです!

竹内:まずは窓、そして玄関というのが一般的なところですね。マンションって窓がある面がそんなに多くないので、やったらすごく効果的なんです。あとは角部屋や最上階など、上下や隣に住居のないところは寒くて暑くて大変なので、その壁面をなんとかします。集合住宅のいいところは、人が暮らしている周りの住戸も断熱材と捉えられるところなんです。

田形:上下左右の住居に人が住んでいなかったら、熱は逃げていくんですね!玄関って、リノベーションだと共用部と認識されて手を加えることができないことも多いと思うんですが、そんな時はどんな方法があるんですか?

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竹内:玄関で手軽にできるのは、モヘアっていう100均で買えるような隙間塞ぎのシートを貼って隙間風を防ぐとか。もう少し本格的にやりたいなら、スタイロフォームっていう発泡スチロールの断熱材やコルクなんかを貼って、表面温度を上げるだけで全然違いますよ。体感温度って表面温度と室温の平均値だと言われているので。

田形:なるほど!窓は二重サッシにするなどイメージがわくんですけど、壁や天井にはどういう施工をするのでしょう?

竹内:まずは壁までやらなくてもよいかもしれません。徹底的にやる場合には、現状の壁を1回剥がして間柱っていう45cmおきの細い柱を立て、その間に断熱材を入れてもう1回壁を貼るんです。部屋が数cmぐらい狭くなってしまうかもしれないんですけど。天井もそんな感じですね。マンションだとせいぜい5cmぐらいの断熱材しか使わないんですが、その効果が結構大きいんです。でも、天井の断熱が必要なのは最上階のみで、上の階に人が住んでいれば不要です。

田形:なるほど!やれることっていろいろあるんですね!

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リノベーション・オブ・ザ・イヤー2019 総合グランプリ
『鹿児島断熱賃貸〜エコリノベ実証実験プロジェクト〜』株式会社大城

竹内:このレベルの断熱は、かなり築古の物件の、空室リスクが心配な大家さんが考えることかなと思いますね。私は、寒い新築よりも暖かい築古がいいと思っていて。住宅の快適性が全く変わるし、光熱費も削減できるから、そのぐらいの投資で変わるなら、やった方がいいと思っています。

千葉:一般的な鉄筋コンクリートの中古マンションで、2面採光で上下左右に住戸があって、窓と、窓のある外壁を断熱するだけならそんなにかからないですよね。

竹内:そうですね。さらに言えば窓だけなら50万円もかからないので、窓は絶対にやった方がいいです。

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千葉:そう考えると、快適な空間って実はお得に手に入れられるんですよね。特に僕らが手がけるようなフルリノベーションだと、いったんスケルトンにしてからまるっと工事をするので、最初の段階で断熱をすれば効率がよさそうですね。

竹内:そうなんです。でも実際は、他の造作にお金が行ってしまって、目に見えないものになかなかお金が行かないんですよね。目に見えるものは飽きるけど、断熱は飽きることはないんですけどね!

千葉:確かに…!断熱した家での快適な暮らしには飽きないですよね。

5)断熱は建物の長寿命化にもつながる?

田形:先日、弊社で断熱に関する調査をしたところ、61%の人が「断熱に興味がある」という結果が出ました。その中で「なぜやらないのか」を聞いてみたところ、「費用や効果がわからない」という方が多かったんですよね。

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竹内:私に聞いてくださいよ〜!って話ですよね(笑)

田形:本当ですね(笑)効果はなかなか目に見えないので、わかっていただくためには、私たちが伝え続けていくことが大事なんだと思います。

竹内:そうですね。年初に管首相が「2050年までに二酸化炭素ゼロ」って所信表明をしていましたが、そのためにまずやるべきは住宅の断熱化だと思っています。ヨーロッパはもう、去年から新築は全部カーボンニュートラル(二酸化炭素ゼロ)が法律になっているので、日本は30年ほど遅れているんですよ。

田形:「二酸化炭素ゼロ」って言うと難しく考えてしまうけど、「住宅の断熱化で快適な暮らしが得られる」ということを伝えていけばいいんでしょうね。

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竹内:断熱はエネルギーもかからなくなって、快適なだけなんですよね。やればいいに決まっている話。それなのに広まっていないっていうことは、私たち含めていろんな人がちゃんと説明できていないんでしょうね。もっと貪欲にやっていいと思います。

千葉:このショールームみたいに体感してもらえたらベストなんですけどね。

竹内:私は、一般に浸透させるために公共施設がもっとやっていくべきだと思うんですよ。例えば2019年に全国の小中学校がエアコンを導入したのに、断熱をやっていないから電気代が凄まじいことになって結局エアコンを止めているらしくて。そういうところこそ断熱して、エアコンの費用がかからないようにすることが必要なんですよ。

田形:家電の優秀さに甘えちゃっているところもあるのかもしれませんね。

竹内:そうですね(笑)エアコンの風が当たらないとか、機能がどんどんレベルアップしているけど、断熱すればもっと効率よく暮らせるんですよね。

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田形:なるほど〜。前にYKK APの方が二重サッシのお話をしていた時に、「電気代のかからないエアコンを入れたと思えばいい」とおっしゃっていて。ハッと衝撃を受けたんですよ。

竹内:エアコンは壊れるけど、二重窓は多分20年経っても壊れないですよね。

田形:古い建物の断熱性能を高めることって、エネルギーの削減だけでなく、建物が快適に生まれ変わって長寿命化することにもつながるので、そういう意味でさらに環境に優しくなりますよね。複層的ないいことがたくさんあると感じました!

千葉:僕たちはそういう観点も含めて、まずはどんどん情報発信をして、お客様に正しく理解していただくことからやっていきたいですね。

田形:竹内さん、今日はお忙しいところ、とてもわかりやすいお話をありがとうございました!

竹内:こちらこそ、ありがとうございました!

※今回のゲストプロフィール

竹内昌義(たけうち・まさよし)さん

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設計事務所「みかんぐみ」共同代表/ 東北芸術工科大学の建築・現場デザイン学科教授。1962年生まれ。東京工業大学大学院修了。1995年に設計事務所「みかんぐみ」を共同設立。2001年より東北芸術工科大学(山形県山形市)の建築・環境デザイン学科准教授、2008年より同教授。「山形エコハウス」をきっかけに、環境・エネルギーに配慮した住宅を設計、「紫波町オガールタウン」の監修などを手がける。『図解 エコハウス』『原発と建築家』『あたらしい家づくりの教科書』『これからのリノベーション 断熱・気密編』など著書多数。


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